2012年04月05日

友好の国「パラオ共和国」と英霊


皆さま、こんにちは、えいと@です。


今日もご訪問くださいましてありがとうございます♪ (o^∇^o)ノ



前回の記事の続きです。

 前回の記事はこちら ↓ をご覧下さいね♪
   結婚10周年〜あなたに出会えて良かった〜


えいと@夫妻は18年前に ある国で出会いました。


そのある国とは…。


パラオ共和国という国です。


皆さま、ご存知でしょうか…?


パラオ共和国は 日本と大変関わりの深い国であるということを…。



さて、こちらの国旗 ↓ をご覧下さい。

  PalauKyouwakoku.jpg


どこかの国旗に似ていると思われませんか…?


ところで、パラオ共和国ってどこにあるのでしょうか?


こちらの地図 ↓ をご覧下さい。

   PalauKyouwakoku2.jpg
      画像はこちらのHPよりお借りいたしました。


パラオ共和国は 日本の真南に位置する小さな島でできた国です。


この小さな国が 日本とどんな関わりがあるのかを、


皆さまはご存知でしょうか…?


こちらの動画 ↓ をぜひ ご覧下さい。


   日本とパラオ・ペリリュー島のお話(7分10秒)

   〜〜〜動画書き起こし ここから〜〜〜

大正8年(1919年)に対ドイツ講和条約(ベルサイユ条約)が結ばれ、
日本はパラオを含むドイツ領南洋諸島の委託統治権を得ました。

日本はたくさんの移民をこの地に送り、
公共学校や医療施設を造り、稲作やパイナップルの生産を促しました。

パラオのハイスクールで使われている歴史教科書には、こう記されています。


日本の教育の刮目すべき効果のひとつは、
授業の成績を重視することであった。
生徒がどの氏族に属し、どんな身分なのかは無関係であった。
日本人であろうと、先住者であろうと平等に、
努力したものを評価していた。


太平洋戦争のとき、パラオのペリリュー島には 日本軍の陣地が作られました。
老人は村の若者達と共に その作業に参加しました。
日本兵と仲良くなって、
日本の歌を一緒に歌ったりしたといいます。

しかし、平和な日々は長く続かず、
次第に戦況は日本に不利になり、米軍は対日包囲網を圧縮してきました。

ハルゼー大将が指揮する第三艦隊、約八百隻の艦艇、
総兵力四万二千が この地にやってきたのです。

これに対するペリリュー島を守備する日本軍は、
水戸の第十四師団座下の歩兵、第二総体を主力とした地区隊(隊長・中川州男大佐)一万二千。

日本軍はペリリュー島が壮絶な戦場になることを発見し、
船舶の乏しい中、民間人を犠牲にしてはならぬという判断により、
ペリリュー等民の強制疎開の実地を決定します。

しかし、島民は仲間達と話し合い、代表数人と共に、日本の守備隊長のもとを訪れました。

「自分たちも一緒に戦わせて欲しい」

島民代表のその言葉を聞くなり、隊長は激高し叫んだという。
「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」


日本人は仲間だと思っていたのに…見せかけだったのか…

島民達は裏切られた想いで、皆、悔し涙を流しました。

そして、空襲を避けるために、夜に行われた強制疎開。
日本兵は誰一人に送りに来ない。
悲しみと悔しさに打ちのめされた村の若者達は、悄然と船に乗り込みました。

しかし、船が島を離れた瞬間、
日本兵全員が浜に走り出て来ました。
そして、一緒に歌った日本の歌を歌い長良、手を振って彼らを見送ったのです。

戦闘には笑顔で手を振るあの隊長がいた…。


その瞬間、彼らは悟ったのです。
あの言葉は、自分たちを救うためのものだったのだと…。

そして42000対12000。

兵力14倍、航空機200倍以上、戦車100倍、重火砲1000倍。
圧倒的劣勢の戦いが始まります。

すでに制海、制空権を手にしている米軍は、
狭い小島に絨毯爆撃と艦砲射撃。
9月15日、航空母艦を含む機動部隊を背景に上陸作戦を敢行。

2度まで何とか上陸を阻止するも、
米軍の圧倒的物量にはやはり耐えられず、
3度目には上陸されてしまいます。

上陸を許してからは5百の洞窟にこもって持久戦に移り、
連日連夜の工房が続きます。

しかし、弾丸や食料の補給が途絶えた日本軍に望みは薄く、
成す術もなく、
死傷者は増えていきました。

11月24日、
健在者は僅か50数名にまで減ってしまった日本軍は、
いよいよ全軍玉砕を覚悟しました。

中川大佐、村井健治郎少尉、飯田義栄中佐、
三人は、それぞれ古式に則って割腹自決。

三人の最後に続けと、最後の決死隊が組織され、
根本甲子郎大尉以下、
傷だらけの55名は、夜の闇に向かって突撃して行きました。

軍旗も機密書類も消却したことを意味する最後の電文、

「サクラ・サクラ」
これがパラオ本部に届いたのは24日目の16時でした。

この六文字の電文は、
ペリリュー守備隊全員が、桜花のごとく散ったことを意味しました。

圧倒的に優位な米軍は、
この島を3日間で制覇できると目論んでいました。
しかし、日本兵は実に73日間も持ちこたえました。

そして戦いが終わり、疎開からペリリュー島に帰ってきた島民達は、
その光景に愕然としました。

島一帯に散乱する日本兵の死体、
共に暮らし、共に歌い、同じ釜の飯を食べたモノ達の無惨な姿。

そして、日本兵には見向きもせず、自国兵の遺体だけを整理するアメリカ兵。

島民達は涙を流し、こぞって日本軍の兵士達の遺体を埋葬したといいます。

この島を訪れる諸々の国の旅人達よ。
あなたが日本の国を通過することあらば伝えて欲しい。
この島を死んで守った日本軍守護隊の勇気と祖国を思うその心根を…。


そう、

パラオの国旗は日本という国に敬意を表し、
日本国旗「太陽」に照らされて養生に輝く「満月」を表したもの
なのです。

満月を旗の中心に置くとあまりにも日本に似過ぎていて失礼に当たると、
満月は少しずらしてデザインされています。


このことを日本人は忘れてはいけないでしょう。


あなたはこの話を知っていましたか…?


1995年、パラオ独立一周年の年、
各国が祝辞を送る中、

日本だけは何も送りませんでした。

何より日本を愛し、尊敬したパラオの中村大統領は、
悲しみと怒りに手が震えました。


過去の日本は犯罪者であり、
中国や朝鮮に謝罪し、賠償すべきと声だかに言うが、
本当に避難すべきは、
そういったことを口にする者。
それを受け入れてしまう現代日本人なのだと思います。


私は過去の日本人を誇りに思う。
そして、先人に恥じないよう、今の日本を変えて行こうと思う。


                 〜〜〜書き起こし ここまで〜〜〜


1995年、パラオ独立一周年の年の 日本の総理大臣は誰であったか…。


旧社会党の村山富市氏ですよ…。


歴史的なイデオロギーから 友好国であるパラオ共和国に対し独立のお祝いをしなかったのです。


何と情けなく、恥ずかしいことをしてくれたのでしょう…!


先日、東北大震災一周年追悼式典で 台湾代表が指名献花ができなかったということがありましたね。
   台湾への非礼 日本人として恥ずかしい(産經新聞)


これ ↑ と同じくらい非礼なことを パラオ共和国にやったのです! 


村山富市元総理は…!(怒)


反日左翼が政権をとると、こんな失礼なことを平気でするんですよ…。


国益を大きく損なうばかりです。


我々はこのことを絶対に忘れてはなりません。



さて。


動画の中で説明されていた パラオ共和国の国旗 ↓

  PalauKyouwakoku.jpg


そして、こちらが我が国,日本の国旗、日の丸 ↓ です。

  nisyouki1.jpg


本当に…そっくりですよね。


こちらのサイト ↓ で日の丸を元にしたパラオの国旗と題して 詳しく説明されています。
   日の丸を元にしたパラオの国旗

   〜〜〜一部転載〜〜〜

1994年,パラオはアメリカから独立した.独立にあたり国旗を制定することになり,
国民の間から一般公募した結果,日の丸をもじった今のデザインに決まったというわけである.
ただし,パラオの国旗の満月は,日の丸の旗の太陽とは違って,中心から少しズレている.日本に失礼だからと,わざと中心をはずしたのだそうだ.
これはパラオの人たちの慎み深い態度をよく表している.
パラオの国旗は,日の丸は侵略のシンボルなどではないこと,
かつて日本の統治下にあった国で,日本の日の丸を模した国旗がつくられるほど,戦前の日本と日本人はアジアの人たちから尊敬されていたことを教える実物教材である.


                   〜〜〜転載ここまで〜〜〜


前回の記事に書いたように、えいと@夫妻は今から18年前にパラオ共和国で出会いました。


なぜパラオ共和国に行ったのか…ですが。


ご存知のようにパラオはスキューバダイビングのメッカなのです。


えいと@夫も 私も、昔からスキューバダイビングを趣味として持ってたのですね。偶然ですけど。


私は友人とスキューバダイビングをしに5回ほどパラオに行ったのですが、


その時に一人でダイビングに来ていた えいと@夫と出会ったってわけなんです。


で、その当時私は日本の近代史など ちっとも知らず、


パラオのペリリュー島で 米軍との死闘があったことも知らず、


無邪気にパラオにダイビングを楽しみに行っておりました。


もちろん、えいと@夫はその頃からパラオ共和国はどんな国で、ペリリュー島で何があったのかを知っていました。


10代の若造だったのに…。今、考えると驚くばかりです。


ダイビングの合間にジャングル探検などにも参加したのですが、


歴史を何にも知らない私は、洞窟に入り無邪気に写真など撮っておりました。


そこに…いたんです…。


洞窟の中に、霊が…。


写真に写っていたのです。たくさんの霊が…。


あの霊は 日本を守るために戦ってくださった英霊だったのですね。


なのに…。


私は…。


私ったら洞窟で写した写真を見て、怖く感じてしまったのですよ。


そしてその写真の除霊を行い、写真を処分してしまいました。


あとで、えいと@夫からペリリュー島での日本軍の戦いのことを聞かされ、


どんな思いで戦っておられたのかを思うと…、


戦争が終わって何年も経ってるのに、まだ祖国日本に帰れずに霊としてパラオにとどまっておられるのかと思うと…、


何と申し訳ないことをしてしてしまったのかと…。


後悔でいっぱいです。


あぁ、ダメだ…。


涙が出てきた。


この続きは、次回に書きますね。


良かったら、私の話をまた聞きにきてくださいね…。




  今日も読んで下さってありがとうございました! 
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posted by えいと@ at 01:50| Comment(16) | TrackBack(0) | えいと@の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
去年このパラオの動画を偶然見つけました。
私が見たのは、長淵剛の歌が流れていました。
涙々でした。
動画を見るまでパラオという国があることは、ぼ〜んやりと知っていましたが、どこにあるのかも島だということすら知りませんでした。
日本の教育って日本の国を護るために亡くなった日本兵を日本人に教えたがらない、反日の罪は大きいです。
去年テレビのパラオの特集で、東北の水産高校の生徒が実習で訪れているのが映されたのですが、あの島を訪れる若い人にパラオの動画を知ってほしいと思いました。
パラオで戦った部隊の出身地の人にも知ってほしいと思います。
私は気づき始めてから周りの人との感覚の差に愕然とすることがありますが、10代のころから気づいていたえいとさんのご主人は、今よりも〜と気づいていない人が多かった当時をどんな感じでご覧になっていたのでしょうか。
戦後七十年近く左翼に汚染された日本が目覚めるのには、ずいぶん時間がかかると思いますがネットの時代になったことが救いだと思います。



Posted by さくら at 2012年04月05日 17:44
アロハ〜!
私も、何度かこのパラオの話を聞いて、そのたびに涙が流れました。
日本人の真心に響くお話で、全部を読まずとも、日本軍の真意がわかりますね。
まあ〜!えいと@さんご夫妻に、そういう思い出があったんですね!?
洞窟に日本人が来てくれたと、英霊が喜んで出てみえたのでしょう。
写真を除霊して処分したということは、日本で供養されたということですから、良かったと思います。
それを、望んでいらしたと思いますよ。
今でも、古い日本語がそのまま言語になって使われているそうで、本当にパラオは日本にとっても、特別の国だと思います。
こういう話こそ、教科書に載せるべきですよね。
全く、左翼が政権を取っているときは、ろくな外交が出来ていなかったんですね!?
全く知りませんでした。
まさに、国内を気をつけろ。。
今の日本に、一番必要な言葉です。
Posted by モリオリママ at 2012年04月05日 18:13
歴史についてはこんなに詳しく知らなかったので、日本兵全員が・・・って箇所で涙が〜!!

もしかしたら私の友達(男性)とえいと@さんご夫婦、現地で一緒だったりして〜。
彼もダイビングしてて、よく言ってたんですよ。
その霊の話もしてました。
写真を撮れないんだよ・・・って。

私もモリオリママさんと同意権。
ちゃんと供養されたんだから、彼らも嬉しかったと思います。
写真で日本に帰れたんだし。
Posted by ree at 2012年04月06日 00:57
こんばんは(*^_^*)

そうなんですよね〜 パラオも親日なんですよね。
私が日本の正しい歴史を知ったのはごく最近なんですが(恥ずかしながら)
えいとさんのご主人はその当時から知っていたのですね。
すごいな〜!

もうここでの歴史は涙…涙ですよね。
今の平和な日本があるのはこの方たちの尊い犠牲があってこそです。
平和は当然にあるものじゃないんですよね。

パラオでのお写真のこと。
そんなことがあったのですね。
そりゃあ当時は(失礼ながら)怖いし、気味悪かっただろうと思います。
でも…
お写真に写っていたなんて…(泣)
観光に来てくれてうれしかったのかもしれません。
また自分の存在を知ってほしかったのかもしれません(さみしかったのかも)
そう思うとやりきれないですよね…
そんな先人の偉業を知らず多くの日本人は「日本は悪い国」と教えられてきました。
正しい歴史を知ることはなによりの先人の供養にもなるものと思っています。

私が好きなパラオの動画です♪(音楽が違います)
日本とパラオ 〜歴史を越えた友情〜
http://www.youtube.com/watch?v=cTRfPNEPR-A

Posted by リボン at 2012年04月06日 20:54
この国の存在さえ知りませんでした

そんな事があったんですね

きっと その霊たちは 供養され喜んでおられますよ
ご自分を責めないでくださいね

えいと夫さんは ご家族 親戚のかたからしっかりした教育を受けられていたのでしょうね

学校教育やメディアによって洗脳されないように 
ご先祖のして来た事を誇りに感じられる若者が増えますように

会うことなく分かれた ビルマで亡くなった叔父を 想います

Posted by はちきんイジー at 2012年04月06日 21:55
結婚記念日へのコメントをしなくてすみません。

改めて、おめでとうと申し上げます。

それで、出会いの場所がパラオですか、今では日本人もかなり行ってますが、私がこの島を知ったのは40年ほど前ですかね。私の知り合いの女性も訪れ、気に入ってます。
また、この日本統治時代の話しも聞いてます。島が多く、日本語が共通語になっていると聞きましたが、今はどうなんでしょう。アントニオ猪木さんが島のひとつを頂いてますね。
よくKJのチャットで韓国が建てた橋が壊れ、建設会社も倒産したかで、それをほったらかしにしてたそうですが、その後日本が頑丈な橋を建て直した話があります。
その写真も出てました(笑)。
日本兵と現地の島民との絆ですか、以前に読んだことが有ります。何度読んでも涙が止まりません。
インドネシアでも、ビルマでも似たような話が沢山ありますね。 日本の教科書に採用してもらいたいです。日教組は何処なりと言ってください。日本にはいらないでしょう。Youtubeの中の対談で、東チモールの話し、ミャンマーの話し(アウンサン・スーチー)などがありますが、かなり報道や一般人の認識にずれがありますね。西洋の傀儡政権であったり、植民地政策の日本と欧米の違いを感じさせますね。 本当にネットのお陰か・・秘められた、隠された真実がボロボロ出てきてます。
如何に戦後のマスメデア、今もそうですが、左巻きで捏造までして自虐史観を植えつけて来たかが解ります。

日本が世界での好感度でいつも一位、二位につけてます。これをこれからも維持すべきですね。今、世界が政治、経済で行き場の無い閉塞状況に置かれてます。今度は日本が未来を明るく照らさないといけません。
Posted by 夢見る親父 at 2012年04月07日 09:22
こんにちは!
この事は知りませんでした。。。
もっとたくさんの人に知ってほしい。。。
でも世間一般的には「日本軍は悪!!」なんですよね。悲しい事に。
インドネシア独立の逸話といい、もっともっと知ってほしい話があります。
ネットの普及により一人でも多くの方が知ることができますように。

お写真除霊されたと言う事ですが、日本に帰ってからですよね?きっとお写真に写っていた霊はえいとさんと一緒に日本に帰ってこられてうれしかったと思います。
日本に帰って除霊してもらって安らかに成仏されてきっと今、日本を見守っていてくださると思います。
えいとさんがその方たちを思い、心の中で手を合わせていらっしゃることで充分供養になると思います。

スキューバダイビングいいな、、、いつかライセンスとってパラオに行きたいです!!
Posted by Rosalba at 2012年04月08日 10:30

>さくらさん。

>去年このパラオの動画を偶然見つけました。私が見たのは、長淵剛の歌が流れていました。涙々でした。

その動画、知ってます〜。
内容はほぼ同じですね。どっちの動画を載せようか迷ったんですが、
こちらはバックの音楽が「海ゆかば」
これで決めました。(笑)

>動画を見るまでパラオという国があることは、ぼ〜んやりと知っていましたが、どこにあるのかも島だということすら知りませんでした。
>日本の教育って日本の国を護るために亡くなった日本兵を日本人に教えたがらない、反日の罪は大きいです。

そうなんですよね。
私なんて、パラオって国を知ってて、何度も行ってるのに、
それでも歴史を知らなかったんですから…。
夫と、パラオの近くにあるトラック島にもダイビングしようって話が出たんですよ。
夫が「トラックの海の底に、多くの日本人の遺骨があるんだよ」って言って、私ったら「怖いからやめとくー」なんて言っちゃってたんです。(恥)
ほんとに何てバカなオンナだったのでしょうね。
自分で情けなくなりますよ…。

>私は気づき始めてから周りの人との感覚の差に愕然とすることがありますが、
>10代のころから気づいていたえいとさんのご主人は、今よりも〜と気づいていない人が多かった当時をどんな感じでご覧になっていたのでしょうか。

学校で史実を教えられないどころか、反日教師が多い現実に憤慨してましたね、夫は。
だから一般の人間が歴史を知らないのは当然だと思っていたようです。
最近はちょっと違う意味で警戒しているようですよ。
あまりにも愛国精神が高まり過ぎている人が増えていることに…。
史実を知ることは大事なのですが、今まで知らなかったがための反動で極右に傾いている人が増えているように感じると、それを警戒していますね。
日本人って、いい意味でも悪い意味でも熱いんですね。
思い込んだら「わーーーーっ」と傾いて行く傾向がありますから。

>戦後七十年近く左翼に汚染された日本が目覚めるのには、ずいぶん時間がかかると思いますがネットの時代になったことが救いだと思います。

そうですね。
真実を知るチャンスが増えてきました。
戦後60年間もの反日自虐教育は…罪なことだと思います。
まだまだ時間はかかりそうですね…。

Posted by えいと@ at 2012年04月09日 04:02

>モリオリママさん。

>まあ〜!えいと@さんご夫妻に、そういう思い出があったんですね!?

そうなんですよ〜。
パラオに引き寄せられたのでしょうかねぇ…?

>洞窟に日本人が来てくれたと、英霊が喜んで出てみえたのでしょう。

洞窟にね、古い飯盒とか、山水を受けて飲んでたであろう杯が残されているんです。
今、考えると、どんな気持ちで洞窟にこもっていたんだろうと…。
懐かしい故郷を思いながら、飯盒のご飯を皆でわけて食べ,山水を飲んでいたんだろうと思います。
涙が出ます。。。

>写真を除霊して処分したということは、日本で供養されたということですから、良かったと思います。それを、望んでいらしたと思いますよ。

ありがとうございます。
でも…供養じゃないんですよね…。除霊なんです。
あのとき、私にちゃんとした歴史観があったら供養してさしあげたのに…。
本当に悔やんでも悔やみきれません。

>今でも、古い日本語がそのまま言語になって使われているそうで、本当にパラオは日本にとっても、特別の国だと思います。こういう話こそ、教科書に載せるべきですよね。

その通りです。
パラオの教科書には今でも統治時代のことが書かれてあり、子供達にきちんと教えています。
なのに、日本は…。
ホントに情けなくなりますね。。。

>全く、左翼が政権を取っているときは、ろくな外交が出来ていなかったんですね!?全く知りませんでした。
>まさに、国内を気をつけろ。。今の日本に、一番必要な言葉です。

あの時代、自さ社連立政権で、総理大臣が社会党の村山氏でした。
自民党で力を持っていたのは加藤紘一氏。サヨクですよね…。
そんな政権時代にパラオの独立1周年記念式典があり、日本はお祝いの電報を打たなかったのです。
ホントに…涙が出るほど腹立たしいですね。
日本の政治の中に巣くう赤い連中。
売国奴そのものです。

Posted by えいと@ at 2012年04月09日 04:14

>reeさん。

>歴史についてはこんなに詳しく知らなかったので、日本兵全員が・・・って箇所で涙が〜!!

涙が出ますよね…。
玉砕したんですもんね…。(涙)

>もしかしたら私の友達(男性)とえいと@さんご夫婦、現地で一緒だったりして〜。
>彼もダイビングしてて、よく言ってたんですよ。その霊の話もしてました。写真を撮れないんだよ・・・って。

あぁ、そうなんですか…。
その方は歴史のことをきちんとご存知なのでしょうね。
そう、写るんですよ…霊が…。

>ちゃんと供養されたんだから、彼らも嬉しかったと思います。写真で日本に帰れたんだし。

ありがとうございます。
でも…供養したのならいいんですけど…除霊しちゃったんですよね。
本当に申し訳ないことをしてしまいました。
いつかまたパラオに行って,ご供養してさしさげたい…と思います。

Posted by えいと@ at 2012年04月09日 04:18

>リボンさん。

>そうなんですよね〜 パラオも親日なんですよね。

そうなんですよ〜 親日国なんですね〜。

>私が日本の正しい歴史を知ったのはごく最近なんですが(恥ずかしながら)
>えいとさんのご主人はその当時から知っていたのですね。すごいな〜!

私も知ったのは、夫と結婚して数年経ってからです。
夫は子供の頃から、きちんとした歴史観を持っていました。
そのせいで、夫は中学校時代、教師からひどい嫌がらせを受けましたけどね…。
夫の父親はシベリアに抑留されていた元軍人なんです。
夫が7歳の頃に亡くなってしまいましたが、幼い夫に戦争のことを話して聞かせたのでしょうね。

>もうここでの歴史は涙…涙ですよね。
>今の平和な日本があるのはこの方たちの尊い犠牲があってこそです。平和は当然にあるものじゃないんですよね。

そうなんですよね。
明治維新以降、国を守るために一生懸命に生きて来た先人の知恵、そして多くの犠牲があって今の日本があるのです。
それを忘れてはいけませんね。

>パラオでのお写真のこと。そんなことがあったのですね。
>そりゃあ当時は(失礼ながら)怖いし、気味悪かっただろうと思います。
でも…お写真に写っていたなんて…(泣)
>観光に来てくれてうれしかったのかもしれません。
>また自分の存在を知ってほしかったのかもしれません(さみしかったのかも)そう思うとやりきれないですよね…

そうなんです。
もしかしたら、日本人が島に遊びに来るのが嬉しかったのかもしれません。
それと同時に、歴史を知らない、この地で戦いがあったことなどこれっぽっちも知らない日本人がいることを、
悲しく感じておられたのかもしれませんね…。

>そんな先人の偉業を知らず多くの日本人は「日本は悪い国」と教えられてきました。
>正しい歴史を知ることはなによりの先人の供養にもなるものと思っています。

そうですね。
歴史を知ること=供養になりますね。
私は、歴史を知るまでは先人に涙を流すことなどありませんでした。
でも今はしょっちゅう涙を流しています。
動画を見ても わんわん泣いてますよ〜。(笑)

>私が好きなパラオの動画です♪(音楽が違います)

この動画,知ってます〜。
一度、ブログに貼付けたことがあります。
 http://youtu.be/cTRfPNEPR-A
内容がほぼ同じだったので、音楽が「海行かば」の方にしたんです。
どちらも素晴らしい動画だと思います。

Posted by えいと@ at 2012年04月13日 03:22

>はちきんイジーさん。

>この国の存在さえ知りませんでした

今、イジーさんは知ってくださいました。
パラオがどんな歴史を持つ国かも知ってくださいました。
それでいいんですよ…。

>そんな事があったんですね
>きっと その霊たちは 供養され喜んでおられますよ ご自分を責めないでくださいね

皆さんにそういっていただけて、ちょっと気持ちが楽になりました。
ありがとうございます。

>えいと夫さんは ご家族 親戚のかたからしっかりした教育を受けられていたのでしょうね

夫の父親はシベリアに抑留されていた元軍人なんです。
夫が7歳の頃に亡くなってしまいましたが、幼い夫に戦争のことを話して聞かせたのでしょう。
夫は子供の頃からしっかりとした歴史観を持っていました。
そのせいで、中学校時代、夫は教師からものすごい嫌がらせを受けることもありましたけどね…。

>学校教育やメディアによって洗脳されないように ご先祖のして来た事を誇りに感じられる若者が増えますように

本当にそうですね。
そういった若者が増えて欲しいです。心から願っています。

>会うことなく分かれた ビルマで亡くなった叔父を 想います

想うこと、思い出すことが供養ですね。
ご先祖様は守ってくださっていると思いますよ。。。

Posted by えいと@ at 2012年04月13日 03:28

>夢見る親父さん。

>改めて、おめでとうと申し上げます。

ありがとうございます。

>それで、出会いの場所がパラオですか、

そうなんです。
二人が同じ時期にパラオに行かなかったら…出会うことはなかったのですよね。
不思議な力で呼び寄せられたような気がします。

>今では日本人もかなり行ってますが、私がこの島を知ったのは40年ほど前ですかね。私の知り合いの女性も訪れ、気に入ってます。

40年前ですか! それはすごい!

>この日本統治時代の話しも聞いてます。島が多く、日本語が共通語になっていると聞きましたが、今はどうなんでしょう。

お年寄りは日本語をご存知でしょうが、
今では公用語はパラオ語ですね。英語も通じるようですが。
でも、パラオ語の単語の中には日本語が元になったものがあるんだそうです。
ヒコーキ(飛行機)、デンワ(電話)、ベンジョ(便所)、ダイジョブ(大丈夫)、ベント(弁当)、アジ(味),ゾーリ(草履)などがあるそうです。
面白いですね〜。

>よくKJのチャットで韓国が建てた橋が壊れ、建設会社も倒産したかで、それをほったらかしにしてたそうですが、その後日本が頑丈な橋を建て直した話があります。

これ、次の記事のテーマです。良かったら見てくださいね〜。
 http://eight-americann.seesaa.net/article/263681247.html

>日本兵と現地の島民との絆ですか、以前に読んだことが有ります。何度読んでも涙が止まりません。

ですよね。涙が止まりません。
こういうことをなぜ教えないのでしょうか。

>インドネシアでも、ビルマでも似たような話が沢山ありますね。 
>日本の教科書に採用してもらいたいです。

最近になってやっと,きちんとした歴史認識が書かれている教科書が出始めましたが、
まだまだジェアがすくないのですよね。
多くの日本の子供は自虐史観を今でも教わっているのです。

>本当にネットのお陰か・・秘められた、隠された真実がボロボロ出てきてます。
>如何に戦後のマスメデア、今もそうですが、左巻きで捏造までして自虐史観を植えつけて来たかが解ります。

そうですね。
あの時代は、一般の人々が知る方法は新聞や雑誌,ラジオだけでしたから。
それが検閲され、言論統制が行われていたとしたら…一般人は知る由がないですね。
今は、ネットでかなりの真実を知ることができるようになりました。
こんな風に、ブログやツィッター等で、一般人が発信することもできるようになりました。
ありがたい時代になったと思います。

>日本が世界での好感度でいつも一位、二位につけてます。これをこれからも維持すべきですね。

すごいことだと思います。
世界における日本人の好感度の高さは、多くの日本人が外国で正直に生きて来たという証しです。
外国で暮らす我々は、日本人の代表のつもりで生きないといけませんね。


Posted by えいと@ at 2012年04月13日 03:51

>Rosalbaさん。

>この事は知りませんでした。。。

Rosalbaさんは、今、知ってくださいました。
それで十分ですよ…。

>もっとたくさんの人に知ってほしい。。。
>でも世間一般的には「日本軍は悪!!」なんですよね。悲しい事に。
>インドネシア独立の逸話といい、もっともっと知ってほしい話があります。
>ネットの普及により一人でも多くの方が知ることができますように。

そうなんです。
こういう歴史があったことを知らされないまま、ただ単に「日本は戦争でひどいことをしたのだ」ということを とことん刷り込まれてしまいました。
こういうことも合わせて教わっていたら「日本悪玉説」を妄信する国民は少なかっただろうに…と思います。
「日本を悪者にすること」それが日教組の狙いだったんでしょうけどね…。

>お写真除霊されたと言う事ですが、日本に帰ってからですよね?きっとお写真に写っていた霊はえいとさんと一緒に日本に帰ってこられてうれしかったと思います。
>日本に帰って除霊してもらって安らかに成仏されてきっと今、日本を見守っていてくださると思います。
>えいとさんがその方たちを思い、心の中で手を合わせていらっしゃることで充分供養になると思います。

そんな風に言ってくださってありがとうございます。気持ちが少しは楽になりました。
心の中で手を合わせ、こうやって記事をすることで読者の方に英霊の存在を知っていただける。
それが供養かな…と思っています。

>スキューバダイビングいいな、、、いつかライセンスとってパラオに行きたいです!!

ぜひぜひ! 行ってください!
いいところですよ〜素朴で。
海はきれいだし。
カープアイランドは 日本人経営で、日本語が通じますし。

私も、またいつかパラオを訪れたいと思っています。
遺骨収集にも参加できたらいいな…と思っています。


Posted by えいと@ at 2012年04月13日 03:59
日本 台湾 フィリピン インド タイ ベトナム モンゴル パラオ これが新しいアジアの枠組みだと思います。
Posted by NY de OL at 2012年04月22日 10:19

>NY de OLさん。

そうですね。
日本は親日国家をもっと大切にしないといけませんね。
歴史を知ることから始めないといけないと思っています。

Posted by えいと@ at 2012年05月01日 05:19
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