2009年12月08日

靖国神社にて昇殿参拝を行う


皆さま、こんにちは、えいと@です。


今日もご訪問くださいましてありがとうございます♪ (o^∇^o)ノ



えいと@の「田舎モンの東京見物シリーズ」でございます〜。

 「田舎モンの東京見物シリーズ」過去記事はこちら ↓ をご覧くださいね〜♪
     ニホン的生活(観光 東京編)


10月中旬〜11月中旬の1ヶ月間、日本に一時帰国していたうちの3日間 えいと@夫の用事で東京に行っておりました。



前回の予告通り、今回は靖国神社を参拝したことについて書きたいと思います。


えいと@夫妻が東京に着いてまず1番に訪れた場所、それが靖国神社です。


      j-yasukuni09-1.jpg


なぜ 靖国神社に行きたかったのか…。


それには理由があります。


実はえいと@夫の父方の叔父が大東亜戦争で戦死しているからなのです。


えいと@夫の父君は大正9年生まれで、健在なら90歳になります。(えいと@夫は父君が50歳代後半に生まれた子供です)


叔父がかの戦争で亡くなったであろうことはわかっていたらしいのですが、いったいいつ、どんな風に亡くなったのかが長い間わからなかったのです。


えいと@夫の父君は、長い間 弟(えいと@夫の叔父)の消息を調べていたのですが、病気で亡くなってしまいました。(えいと@夫が7歳の頃です)


その後、えいと@夫が父親に代わり 叔父の消息を調べていたのです。


そして! 今年、ついにわかったのです!


叔父は特攻作戦で亡くなったということが…!



皆さまは桜花作戦をご存知でしょうか。


1945年(昭和20年)の 海軍中佐(戦死後大佐) 野中五郎氏を指揮官とした特攻作戦です。

 詳しくは桜花 (航空機)(Wikipedia)をご覧になってくださいね。


野中五郎中佐は最後まで桜花作戦に絶対に反対の立場であったそうです。


絶対に成功する見込みがなかった桜花特攻作戦を、国賊といわれようとも反対し続けた野中五郎中佐。


しかし戦争の時代は軍司令部の命令は絶対です。


1945年(昭和20年)3月21日に第721航空隊の陸攻(母機)18機に「桜花」15機を搭載した第一神風特別攻撃隊神雷部隊は出撃しました。


そしてアメリカ第58機動部隊の遥か手前で迎撃戦闘機に襲撃され全機撃墜され、全滅したのです。

 こちらに桜花作戦で亡くなられた方の名簿があります。


この名簿 ↑ の中にえいと@夫の叔父の名前を見つけた時は驚きと同時に安堵したと えいと@夫は申しております。


戦後64年にして叔父の消息がわかったのです。


それまで何度も えいと@夫の夢に叔父が出て来たらしいのですね。


撃墜され後ろ向きに落ちていく…そんな夢を何度もよく見たと えいと@夫は言います。


きっと成仏できなかったのでしょう。


叔父が亡くなったのは昭和20年3月21日、享年22歳です。


未来ある22歳の若者の命が散ったのです。


どんな気持ちで死んでいったのでしょう?


誰だって死にたくはないはずです。


喜んで特攻に行った兵士は誰一人いなかったと思います。


しかし時代は戦争のまっただ中。


逃げることはできない時代です。


日本を守るために戦うしかなかったのです。


自分たちが戦わなければ 家族がみんな死んでしまうかもしれないのですから…。


家族を守るため、日本の国を守るために自らの命を犠牲にしてくださったのですよ…。


みんな顔では笑って、心で泣いて出撃していったに違いありません。


それほど緊迫した時代であったのです…!


興味がある方はこちらのYou tube(1分42秒)をご覧ください。


アメリカ兵が撮影した桜花を搭載した一式陸上攻撃機が撃墜される映像 ↑が残っています。



j-yasukuni09-5.jpg


そういう理由があって、えいと@夫妻は靖国神社に参拝してまいりました。


今回、二人で昇殿参拝をしました。


j-yasukuni09-8.jpg


昇殿参拝とは神殿の中に入り、246万6千余柱の神霊に手をあわせ、神霊と共にお神酒をいただく参拝です。


参拝をしてお神酒をいただいた時、ここに眠っておられる英霊のおかげで今の平和があるんだということをひしひしと感じました。


今の平和な日本があるのは、命をはって戦ってくださったご先祖さまがおられたからなのだ…と。


感謝の気持ちを込めて 弐礼弐拍手壱礼をしてまいりました。


何だか心が洗われるような気持ちになりました。


 j-yasukuni09-12.jpg


こちら ↑ は参拝後にもらうお守り、お神酒、神菓です。


このお神酒とお守りをアメリカにもって来ました。


お正月にお神酒を二人でいただきたいと思います。



叔父が亡くなったのは桜花作戦が実行された3月21日。


おりしもえいと@夫の父君の命日と同じ日なのですねぇ。


戦後64年にしてやっと叔父の供養をすることができました。


叔父もこれで やっと安らかにあの世に行けるのではないかな…って。


そんな風に思います。



      樱花特攻 (You Tube 3分53秒)



次回は靖国神社に併設されている遊就館を見学したことについて 記事にしたいと思います。(こちら → 愛する人のために命を捧げることをご覧ください)




それではまた〜。。。(⌒ー⌒)ノ〜〜〜



  今日も読んで下さってありがとうございました! 
こちらをポチッ☆ ↓ と押して応援していただくと更新の励みになります♪


      banner1.png

   ひらめき携帯の方はこちらで応援をよろしくお願いいたします♪ひらめき

   ありがと〜〜〜♪ いつも応援ポチ感謝ですぅ〜♪ ☆^∇゜)


posted by えいと@ at 03:03| Comment(26) | TrackBack(1) | ニホン的生活(観光 東京編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私の叔父 父の兄も同じように戦争で亡くなっています

私が知る限りでは ビルマで亡くなりました

彼は医者として戦場にいったようです。

でも分かっているのはそのぐらいですが、、。

というか いままでそれほど細かいことを考えたことはなかったですね

疑問を持つことをしていなかったです。

えいとさんの旦那様には感心します。

こうやって分かる手段があるんですね

叔父様も お父様も きっと 天国で 喜んでいらっしゃいますね

手を合わせられたときの深い思いが通じてくるようでした



Posted by bachama at 2009年12月08日 03:43
これは感無量でしたでしょうね〜。
まさか叔父様も、甥っ子さんがこんな風に調べてくれるなんて・・・と喜んでおられる事でしょう。
私もいつか家族でハワイに行きたいのです。
日本人である私を、快く家族に迎え入れた義両親。
義母方に真珠湾で亡くなった方がいるんです。
一度みんなで訪れたいと思ってます。
Posted by ree at 2009年12月08日 04:56
そうでしたか、、。
えいと夫さんはもちろん、亡くなられたお父様と叔父様もこれで安堵された事でしょう。
あらためて、、、戦争って嫌ですね、、。

えいと夫さんの叔父様をはじめ、戦争で亡くなった方の死を無駄にしないよう平和な世の中になってくれることを願うばかりです。

クイズの答え、、、靖国神社と明治神宮がごっちゃになってしまい、頭の中では靖国のつもりだったのに、明治神宮と書いてしまいました。(^^;
Posted by mucci at 2009年12月08日 05:52
あぁ・・そうだったんですか・・・
おじ様もさぞかし嬉しい思いでらっしゃるでしょう。

こうやって半世紀たってやっと分かる事実。
そしてまた今だ分からない方も沢山いらっしゃる事実。

今だ「過去」ではない方々も沢山おられます。

私の実家のお上人さんはシベリア抑留をされた方で
ずっと「シベリアの仲間にお経をあげたい」と
言い続けなくなる何年か前に念願をはたされたそうです。

靖国は大切な神社です。
日本人の信仰の仕方です。
諸外国にどうの言われる筋合いはないと思いますね。

Posted by おね太郎 at 2009年12月08日 06:22
亡くなったお義父さま、そしてえいと@夫さんの
気持ちが亡くなった叔父様に届いたかのようですね。
じ〜んとしてしまいました。
Posted by 母ちゃん at 2009年12月08日 06:39
旦那様の伯父様のご供養が果たせたのですね。
お義父様も伯父様も、天国で安心されたことと思います。
国の一部上層部のエゴによって、一般市民が傷つけられるような戦争(戦争は、いつのどの戦争でもそうかもしれませんね)がもう起こってはいけないですね。
Posted by yoko at 2009年12月08日 08:52
すっかり平和な毎日に暮らすことに慣れて、
戦争のことを忘れている日本人が多いでしょうけど、
今の平和はたくさんの命の犠牲の上に成り立っているのですね〜。
改めて実感いたしました。
えいとさんご夫婦に参拝してもらって、
天国のお父様も叔父様も喜んでおられるでしょうね。
Posted by コメット at 2009年12月08日 13:13
こんにちわ
そうだったの、叔父様は特攻隊だったのですね。
私もTVなどでしか見たことがなかったのですが、
あの時代は嫌でもお国のためといわれ出撃して行った
んですよね。
亡くなられたご主人のお父様も叔父様も
きっと喜んでいおられるでしょうね。
これからは、ご主人も違う叔父様の夢を
みるんでしょうね♪
Posted by べりー at 2009年12月08日 13:29
戦争で家族がバラバラになってしまうなんて本当につらいですね。
叔父様もどんなお気持ちで特攻に…と思うといたたまれません。
今こうして叔父さまの最期がわかってご供養もできて
叔父様もお義父様と無事に再会されてらっしゃるかな?

本当に多くの犠牲を出した戦争。
絶対に繰り返したくないです。
Posted by ちい at 2009年12月08日 16:07
良かったですね、叔父上がどこに眠っているかが解って。
夢に出て来たのは成仏していなかったのではなく、
一度で良いから来て欲しかったのではないでしょうか。
・・・そんな気がします^^


今の私達が穏やかに暮らせるのは、後の日本の為に!
と、出兵してくれた多くの命のお陰なんですよね。
しかし、今また日本には不穏な空気が流れてます(-_-|||
TVでは一切報道されませんが、沖縄の米軍基地移設問題
で鳩山、岡田がアメリカ側を激怒させたそうです。
民主党はアメリカと戦争がしたいのかッ!
本気でそう思える今の内閣の言動に不安が募ります。
沖縄から米軍基地が姿を消したら、特定アジアはそれこそ
諸手を上げて押し寄せてくるでしょうね・・・。
沖縄県民の間でも米軍基地に関しては意見が二分するそう
ですが、私は中国、韓国を牽制する為にも米軍基地は無く
てはならないと思うんですよね。
特に、今だからこそ!

戦地で命を落とした戦時中の人々の思いを無にするような、
バーゲン品のように日本を余所の国に譲り渡そうとしている
鳩山内閣が心底許せないでし。

Posted by たまてん at 2009年12月08日 16:13
やはりいくぶん面倒でも靖国には行ったほうがいいな。

神社内で手を合わせるだけでもいいと思うんです。

きっと、戦争を起こさないための大事な道だと思う。
Posted by かげ at 2009年12月08日 22:16


皆さま、いつも温かいコメント&応援☆をありがとうございます〜。


>bachama さん。

bachamaさんの叔父さま、お兄さまも戦死されてるんですか…。
身近な存在の方が戦争で亡くなっているのは悲しいですね。

えいと@夫が 叔父のことを一生懸命に探したのは、父親が探しているのを知っていたからなんです。
かわいい弟だったのでしょうね。
父君が亡くなるまで、夫に話していたそうですから。

こうやって供養ができたこと、とってもうれしく思います。
桜花特攻作戦について、叔父のことがなかったら えいと@は知らないままだったかもしれません。
身近に戦争で亡くなった方がいるからこそ、歴史に関して真実を知りたくなるのかもしれません。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 02:22

>reeさん。

えいと@夫は感無量だったことでしょうね。
名簿に叔父の名前を見つけた時には…。
供養ができて本当によかったです。

真珠湾ですか…。
えいと@は行きましたよ。ハワイに行った時に…。
何とも重い空気が流れていました。
えいと@は日本人ですから、どうしても日本人としてかの戦争を考えてしまいます。
でも、多くのアメリカ人は、アメリカ人としてかの戦争を考えますよね。
そして日本のことを恨めしく思う方も少なくないと思います。

戦争は悲劇しか生みませんね。
今、こうやって仲良くできるアメリカ人と日本人も、ほんの半世紀前までは殺し合いをしていたんですから…。
二度と戦争を起こさないように、かの戦争で亡くなられた方々に誓いたいですね。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 02:30

>mucciさん。

今回、叔父の供養ができて本当によかったです。
夫の父君も、叔父も喜んでくれているだろうなって思います。

戦争は本当に悲劇しか生みませんね。
今、我々にできることは、この平和な世の中を継続させていくことですね。
かの戦争で亡くなられた方々が望んでいたことは、平和な世の中なんですよね。
そういう世の中になって欲しくて、命をかけて一生懸命に戦われたんだと思うのです。
だからこそ! 
平和を守っていかなければ!…って思います。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 02:35

>おね太郎さん。

>こうやって半世紀たってやっと分かる事実。
>そしてまた今だ分からない方も沢山いらっしゃる事実。
>今だ「過去」ではない方々も沢山おられます。

そうですね…。
多くの兵士の方がどこで戦死されたのかわからないままだと聞きます。
戦争ってホントに悲劇です。
自分の身内が…親が、夫が、息子が、どこで死んだかもわからないなんて…。
悲しすぎますよね。

実は、えいと@夫の父君は、シベリアから帰って来た一人なんですよ。
夫が子供の頃に、父君からシベリアの話をよく聞いたそうです。
どんなに厳しい環境であったかを…。
よくぞ生き延びて日本に戻って来られたものだと感心します。

靖国神社はなくしてはならない大切な神社だと思います。
参拝されてる方がけっこう多かったのですよ。
それだけ、靖国神社の存在が必要とされているのだと感じました。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 02:44

>母ちゃん。

えいと@夫の夢に出て来た、叔父の亡くなる直前の姿…。
今回供養するまで、けっこうな頻度で夢を見たと言っています。
今回供養ができて本当によかったです。

戦争は二度とあってはなりませんね。
戦争を起こさないような政治をして欲しいと切実に思います。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 02:49

>yokoさん。

やっとです。やっと供養ができました。
長いことわからなかったのですね。
まさか叔父が桜花特攻作戦の一員だったとは…!

>国の一部上層部のエゴによって、一般市民が傷つけられるような戦争(戦争は、いつのどの戦争でもそうかもしれませんね)がもう起こってはいけないですね。

戦争が起こる原因はいろいろあると思います。
かの大東亜戦争に関して言えば、日本は自国を守るために、自衛のために始めた戦争であると えいと@は考えていますが、
ああいう最悪な状況になる前に、政治をもっと上手くやっていれば…と思うこともありますね。
例えば、戦前に国連を脱退したこと。
当時の外務省の松岡洋右氏の行動は、全世界を敵に回すものだったと思います。
そして、ドイツが白旗を揚げた時に、もう日本も勝ち目がないとわかっていながら軍はなかなか戦争に終止符を打たなかったこと。
もっとはやくに終戦の決断していれば、特攻隊で多くの若い命が亡くなることもなかったし、広島、長崎の原爆投下もなかったのです。
ホントに軍の上層部の判断ミスには悔やまれます。

戦争は悲劇です。
もうあって欲しくない! 起こしてはならない。
それを戦死された方々に誓わなくてはならないと思っています。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 03:03

>コメットさん。

>すっかり平和な毎日に暮らすことに慣れて、戦争のことを忘れている日本人が多いでしょうけど、

その通りだと思いますね。
日本は今、平和ボケしちゃってますね。
世界の情勢がこんなに変わってるのに、戦争は起こらないものって信じている。
これは大変危険なことなんですよね。
もっと、日本を守らないと、国防に力を入れないと何が起こるかわかりません。
今の政権では不安が一杯ですよ。
yokoさんのコメントのお返事 ↑ に書いてますが、リーダーの判断ミスで戦争を招くことだってあるのですから…。

>今の平和はたくさんの命の犠牲の上に成り立っているのですね〜。

本当にその通りですね〜。
戦争で戦った方は、平和な日本を願っていたんです。
だからこそ!
我々は平和を維持させないといけませんね。
そうしないと戦死された方に申し訳なさすぎます。

今回、供養ができ、そして靖国神社に参拝に行けて良かったです。
夫の父君も叔父も喜んでくれたと思います。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 03:10

>べりーさん。

そうなんです。
今まで叔父の消息が分からなかったのは、海軍兵学校に入ったことで まさか特攻のメンバーになってるとは思わなかったからなんですね。

特攻に行く時の気持ちってどんなものなんでしょう。
戻ってくることはない、必ず死ぬのです。
お国のために…といいますが、えいと@は愛する家族を守るために行かれたのではないかなと思っています。
この桜花特攻作戦は、絶対に成功しないと言われていました。
それでも命令が下ったのです。
無念だったろうと思います。。。

逆らうことなんてできない時代ですからね。
軍の命令は絶対です。
今後、そんな世の中には絶対になって欲しくないですね。

あれから撃墜されて落ちていく夢は見なくなったといいます。
きっと成仏できたのでしょう。
供養ができて本当によかったと思います。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 03:18

>ちいさん。

戦争って家族を引き裂くものですよね…。
「硫黄島の手紙」という映画がありますよね。
子供がまだ生まれていないのに戦地に行かなくてはならないなんて…。
お腹の大きい妻を残して戦地に赴くって、どんなに辛いことだったでしょうね。。。

夫の叔父は海軍兵学校に入っていたそうです。
だからまさか、特攻作戦の一員になってるとは思わなかったのですよ。
見つかって本当によかった。
供養ができて、えいと@夫は安堵しています。
父君のおもいを果たすことができて良かったと。
そして天国の父君も叔父も喜んでくれていることと思います。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 04:01

>たまてんさん。

>夢に出て来たのは成仏していなかったのではなく、一度で良いから来て欲しかったのではないでしょうか。
>・・・そんな気がします^^

そうですね。
会いに来て欲しかったのでしょうね。
えいと@夫は何度も靖国に参拝しているのです。昇殿参拝ははじめてでしたが。
昇殿参拝の時には、受付で参拝したい人物の氏名を書きます。(書かなくてもいいのですが)
昇殿参拝で名前を書くことで、叔父は心から「会いに来てくれたのだ」と思ったのかもしれません。

>今の私達が穏やかに暮らせるのは、後の日本の為に!と、出兵してくれた多くの命のお陰なんですよね。

その通りだと思います。
このことを忘れてはいけませんよね、我々日本人として!


>今また日本には不穏な空気が流れてます(-_-|||

えいと@も感じていますよ。
本当に大丈夫なのかと心配しています。
yokoさんとコメットさんのコメントのレス ↑ に書いていますが、
リーダーが誤った判断をすることで戦争に向かっていくことがありますからね。
今が平和だからといって安心はできません。

日本は自衛隊こそありますが、専守防衛しかできない現状ではアメリカの存在は欠かせません。
アメリカが日本から引き上げてしまった場合、
日米安保が崩れてしまった場合,日本は日本だけで近隣諸国と戦わなくてはなりません。
日本の周辺には怪しい国が4つもあるのです。(ロシアも含む)
今の日本の憲法でどう対処しろというのでしょうか? 丸腰の状態で何ができるというのでしょう?

今の日本は平和ボケしています。
戦争は起こらないと信じ切っていてはダメなのです。
戦争はんた〜い!…って叫んでいるだけでは、戦争を回避できないのです。
もっと、日本の国防を考えないと!
現政権はいったい何を考えているのでしょう。
不安でたまりませんよ。。。


Posted by えいと@ at 2009年12月09日 04:17

>かげさん。

東京に行かれたらぜひぜに参拝してきてくださいね〜。
手を合わせて今の平和に感謝するだけもいいと思います。
戦争があったのだと、過去をちょっとでも振り返る、そのことが大事なのだと思います。

Posted by えいと@ at 2009年12月09日 04:20
我が父も戦争に行った人なので、その頃の話はよく聞かされました。ただ、彼が話す戦争って、上官のユーモラスな中傷なので笑い転げてきいておりましたが。今思えば、父は子供たちにそんな話をすることで、戦争のいやな思い出をかき消したかったのやも知れませんね。おじ様、たった22歳でお国のために命を落とされた・・。でも、ご主人とあなたの胸に思いを秘められてお喜びでしょう。アメリカで、朝日の旗を目にするたびに、その持ち主の名前を見てします私。
ところで、昨日は真珠湾記念日でしたね。ここミシガンにも、何故か記念館かがるんですよ。いやぁ〜、それはそれで申し訳ないけれど、原爆はいかがなものでしょうか。今年、その広島被爆者のお嬢さん。私の友人が、ここミシガンで白血病のためお亡くなりになりました。多くの御霊に黙祷を捧げさせていただきます。
Posted by greensmoothie at 2009年12月09日 04:45

>greensmoothie さん。

そうでしたか。greensmoothieさんのお父さまも戦争に行かれた方なのですね。
えいと@夫の父は、戦後シベリアに送られた一人なのです。
なので、戦時中よりも戦後の方が辛かったようです。
その様子を、子供であったえいと@夫によく話して聞かせたそうです。
でも、夫の父君は日本を恨んではではいなかったのですね。
自分は日本人なのだから、日本とともに運命を生きるという覚悟だったのでしょう。

今回、夫の父君の想いを果たすことができて良かったです。
叔父も見つけてくれたことを喜んでくれていると思います。


原爆については…もう怒りを通り越して悲しいですね…。
アメリカでは「戦争をはやく終わらせた正義の爆弾だ」と教えられるそうですね。
しかしあれは…はっきりいって核実験ですよ。人体実験です。
負けるとわかっていた日本になぜ2回も原爆投下が必要だったのでしょうか。
原爆投下をしなくても、終戦は近かったのですよ。
あの頃は、軍司令部の上層の人間たちの責任逃れを必死でやっていたので敗戦が遅れたのです。
もっとはやく敗戦の決断をしていたら…広島、長崎の原爆投下はなかったでしょう。
判断の遅さが悲劇を生んでしまいました。

戦争は「合法的に人間を殺してもよい」ものですが、
武器を持たない一般人を殺戮するのは戦争犯罪です。
広島、長崎で犠牲になられた多くの方は一般の市民でした。
そして東京や大阪などの空襲も…。
これは無差別虐殺ですよ。
戦勝国であるというだけで、この無差別虐殺が裁かれないのです。

ご友人、悲しいですね。。。ご冥福をお祈りします。
今でも白血病や癌で苦しむ被爆者の方々がおられます。
かの戦争が本当の意味で「歴史」になるのには、もっと時間がかかるだろうと思います。


   えいと@

Posted by えいと@ at 2009年12月10日 00:22
はじめまして、失礼いたします。

今日が神雷部隊の初出撃の日であります。
戦友会は公式には解散していますが有志の方々が毎年この日に靖国でお集まりになられています。当然のことながらご遺族も参加できます。
また、縁があって北鎌倉は建長寺にある正統院に「神雷戦士の碑」がありまして、ここでも本日お集まりになられた筈です。
ご存知だったかもしれません、その場合はご容赦ください。
Posted by りかの配偶者 at 2010年03月21日 22:10

>りかの配偶者 さん。

はじめまして! ご訪問とコメントをありがとうございます。

そうですね。
3月21日は神雷部隊の初出撃の日ですね。
そして…夫の叔父の命日でもあります…。

>戦友会は公式には解散していますが有志の方々が毎年この日に靖国でお集まりになられています。当然のことながらご遺族も参加できます。
>また、縁があって北鎌倉は建長寺にある正統院に「神雷戦士の碑」がありまして、ここでも本日お集まりになられた筈です。

そうなんですか…。
教えてくださってありがとうございます。
この時期には日本に帰国できませんので、参加できないのが残念です。
いつか…参加させていただけたら…って思います。

Posted by えいと@ at 2010年03月22日 09:19
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/134997504
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック

民族の誇りに…【将兵万葉集】(3)特別攻撃隊・神風-2
Excerpt: 【お知らせ】5月5日放送「アンカー」青山繁晴さんコーナーはお休みでした。来週をお楽しみに! 今日は久々に「細切れぼやき」もあります。ぜひ最後までお付き合い下さい   写真共有サイトSo-netフォトよ..
Weblog: ぼやきくっくり
Tracked: 2010-05-07 01:22
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。