2012年05月29日

日本人ならば日の丸に親近感を持たないはずはない


皆さま、こんにちは、えいと@です。


本日もご訪問くださいましてありがとうございます。



ご無沙汰しております〜〜〜。


ここ最近、ちょっと忙しくて、ブログを書くまとまった時間がなかなかとれなくて、


気がついたら1週間以上もブログを放置してしまっておりました。。。(汗)


ツイッターは気軽に書き込めるため、こちらではちょくちょくつぶやいておったんですけどね…。

  えいと@のツイートはこちらで見れます → Twitterボタン



更新が滞っているにもかかわらずご訪問くださった方、応援クリックをしてくださった方、


本当にありがとうございます! 感謝でございます〜!


今後ともよろしくお願いいたします♪



それにしても暑い!


めちゃくちゃ暑いPA州東部であります。


今日の最高気温は なんと華氏95度!(摂氏35度)ですっ。


ついこの前まで寒くて ランチはきつねうどん とかラーメンを食べてたっていうのに。


ここ数日は暑くて 冷やし中華を連続で作っちゃったですよー。


しかもこの3日ほど 毎日 Thunderstorm警報が出てて、


ものすごい湿気でありますー。ジメジメ〜〜〜


不快指数100%ちゃうのん?…ってほど暑苦しい毎日なのですよー。


で、昨日はちょっと出かけたのですが、車に乗っている最中にものすごい豪雨に見舞われましてね。


ホントに視界がほとんどなくなるほどの豪雨!


すぐ前に走っている車も見えないの!


運転、恐怖でしたよぉ〜〜〜。(えいと@夫が運転していたのですけどね。笑)




さて。


本日、アメリカはMemorial Day(メモリアルデー)でございました。


Memorial Dayとは 戦没者追悼記念日のことです。


南北戦争から現在までの米国の軍事任務における戦没者を追悼する日です。


アメリカにおいては「国のために戦った軍人」に対して多大なる敬意がはらわれているのですね。


まぁ、アメリカに限らず、どこの国も「国のために戦って亡くなった先人」に対して敬意を払うのは当たり前の事なんですけどね。


唯一 ある国を除けば…。


その、ある国とは…残念な事に我が国、日本です。


どの国であっても 戦争を含めた歴史の上に現在があるといっても過言ではありません。


何も 日本だけが戦争をしてきたわけではないんです。


戦争によって 世界中で国同士の国益のぶつかり合いがあったわけですよ。


どの国も 自国の国益のため、後世のために必死で戦ったのです。


その結果、今がある。


国のために戦争で戦い、命を落とした先人に敬意を払うのは、


けして特別な事ではなく ごく当たり前の事なんですね。


しかし、日本には 国全体で戦没者をお祀りする日がないのです。


靖国神社には戦没者が英霊としてお祀りされており、


7月13日〜16日には御霊祭りが執り行われますし、
  詳しくは「靖国神社 みたままつり」のHPをご覧下さい。


8月15日の「終戦の日」には 多くの方が靖国神社を参拝しますが、


国としての行事にはなっていないのです。残念ながら…。



私は日本が特別に愛国心がないとは思いません。


よほど強いイデオロギーがあるとか、反日活動をするために日本の国籍を取って日本人になった人間でなければ、


自分の生まれた国が大嫌い…なんて思っている国民はいないと思うのです。


オリンピックなどのスポーツ大会では 一丸となって自国のチームを応援しますし、


日本って食べ物はおいしいし、治安はいいし、いい国だよね。日本に生まれて良かったよね♪


…と、こんな風 ↑ に思っている日本人は多いと思うんです。


それなのに…なぜ 日本人は国旗を堂々と掲げる事ができないのか…。


やはり戦後の教育に問題があったことに 大きな原因があるのだと思います。


強いイデオロギーをもつ教員がたくさん存在する日本。


しかも公立の小学校〜大学に イデオロギーを持つ教員が多数存在するのです。


そういう教員が国旗掲揚、国歌斉唱の否定を生徒に強要するのです。


強要なんてしていない!…って言われるかもしれませんが、


何も教えられないのに日本の国旗や国歌を否定する子供がいるでしょうか?


大東亜戦争後の米国占領下の日本で、


GHQは「戦前の日本は卑劣な侵略国家であり、米軍は軍国主義者の抑圧から日本国民を解放した救済者」だとし、


「先の戦争に対する罪悪感」を徹底的に教え込む「自虐史観教育」が行われ、


自虐史観が日本人の心に植えつけられるようになっていきました。


GHQの占領が終了すると、日教組による教育が始まります。


日教組は戦後60年以上にわたり、


国旗・国歌反対、反道徳教育、自虐史観教育、平和人権教育、ジェンダーフリー教育を子供に教えすりこんでいったのです。


日教組教師による「平和教育」を受けた子供たちはこういう感想文 ↓ を書くのです。

「私は日本に生まれなければよかった。」
「人殺しをした日本人は大嫌い」
「僕のおじいちゃんたちは人殺しをした。こんな日本の国は大嫌いだ」

      「WiLL」2009年7月号【民主政権は“日教組政権”だ】より引用


こんな風 ↑ な感想をもつ子供たちが存在することを 英霊の知るところとなったら…


どんなに感じられる事でしょうね…?



ところで、私のブログにコメントを下さる方が 素晴らしい事 ↓ をご自身のブログ書いておられたので ご紹介します。
  実録!翔の『極楽カナダ生活』

 〜〜〜転載ここから〜〜〜

カナダ国民にとって、カナダの国旗は、とても身近なものです。
特別な日でなくても、町のいたるところに、国旗がはためいています。

学校でも、assembly (朝礼)のたびに、全員で起立して、国旗に向かって National Anthem 国歌 (O Canada)を歌います。
もちろん、僕も歌います。
僕は日本人だけど、僕を受け入れてくれたカナダに、とても愛着を持っています。

それと、僕は、どこの国の国旗に対してであれ、きちんと尊重すべきだと思っています。
ましてや、自分がお世話になっている国であれば、なおさらです。


                 〜〜〜転載ここまで〜〜〜


翔さんはカナダ在住の男性の方で 何と御年 12歳なのです。


12歳という若さで これほどしっかりとしたお考えをもっておられる翔さんを 私は尊敬いたします。



過去記事でご紹介した日の丸の由来とい動画があります。


     日の丸の由来(8分16秒)


この動画をご覧になって、翔さんがご自身のブログ「那須与一と日の丸の起源」をご紹介されていたので、転載させていただきます。

   〜〜〜ここから転載〜〜〜

那須与一と日の丸の起源について、書かれている文章を見つけたので、紹介します。
読んで、とても勉強になりました。
こちらです。→ つれづれ記 日の丸の扇(那須与一)一部引用します。

  ..............................ここから引用................................................
日の丸の扇をかざして弁慶を家来にした牛若丸(源義経)は、元暦2年(1185)2月、四国屋島に陣をしいていた平家をわずか150騎の軍勢で背後から攻めたてました。慌てた平家は船で海に逃れ海辺の源氏と対峙することになりました。戦は一進一退が続き、やがて夕暮れに近づきます。この時平家方から立派に飾った一艘の小舟が源氏の陣に近づいて来ました。見ると美しく着飾った女性が、日の丸を描いた扇を竿の先端につけて立っています。「この扇を弓で射落としてみよ」という挑戦でした。
 義経は、弓の名手那須与一を呼び寄せ「あの扇を射て」と命じました。与一は何度も辞退しましたが、聞き入れられず意を決して馬を海中に乗り入れました。このとき与一は弱冠20歳。「平家物語」では、このくだりをおおよそ次のように書いています。

 時は2月18日、午後6時頃のことだった。折から北風が激しく吹き荒れ、岸を打つ波も高かった。舟は揺り上げられ揺り戻されているので、扇は少しも静止していない。沖には平氏が一面に船を並べ、陸では源氏がくつわを並べて見守っている。(中略)与一は目を閉じて「南無八幡大菩薩、とりわけわが国の神々、日光権現、宇都宮、那須温泉大明神、願わくはあの扇の真ん中を射させてくれ給え。これを射損じる位ならば、弓切り折り自害して、人に二度と顔を向けられず。今一度本国へ向かへんと思し召さば、この矢外させ給うな」と念じて目を見開いてみると、風はいくぶん弱まり的の扇も射やすくなっているではないか。与一は鏑矢を取ってつがえ、十分に引き絞ってひょうと放った。子兵とはいいながら、矢は十二束三伏で弓は強い。鏑矢は、浦一体に鳴り響くほどに長いうなりをたてながら、正確に扇の要から一寸ほど離れたところを射切った。鏑矢はそのまま飛んで海に落ちたが、扇は空に舞い上がったのち春風に一もみ二もみもまれて、さっと海に散り落ちた。紅色の扇は夕日のように輝いて白波の上に漂い、浮き沈みする。沖の平氏も陸の源氏も、これには等しく感動した。

  ...........................ここまで引用...................................................

これは ↓ 狩野休圓が描いた那須与一扇の的の絵です。赤い扇に白か金の丸が見えます。

 j-hinomaru12-1.jpg
   狩野休圓(1641〜1717) 江戸時代の作品
 (香川県高松市公式ホームページ那須与一扇の的から借用)

ゆれている船の上。ゆれている扇の的。両軍が見守る中。
ものすごいプレッシャーだったろうなあって、想像します。僕が、クラスのみんなからの応援と期待を受けて、クラス代表としてスピーチ大会に出たときや、学校代表としてディストリクトで闘ったときのプレッシャーの比じゃないなあ、文字通り、命をかけていたんだろうし、家名のこともあるだろうし、そもそも源氏側として平家側に挑戦されて退くわけにはいかない気持ちだろうし、主君やみんなからの期待はすごいものがあるだろうし・・・って思いました。
でも、矢を放つ瞬間は、無心 になっていたのかもしれない。

平家の女人が、船首でかかげたときは、こんな風 ↓ だったのかも。

   j-hinomaru12-2.jpg
  (あでやかで美しく粋なイラストです。浮世絵風美人画から借用)

これ ↓ は、西野神社の合格絵馬です。これも、赤い扇に白い丸になってます。

 j-hinomaru12-3.jpg
   西野神社の合格絵馬(西野神社 社務日誌から借用)
   すごく、ごりやくがありそうな絵馬だなあって思いました。

こちら ↓ は、五条大橋での、牛若丸(義経) 対 弁慶 です。牛若丸(義経)が放った扇は、白い扇に赤い丸、つまり、「日の丸扇」ですね!

 j-hinomaru12-5.jpg
  牛若丸(切り絵/大西良介から借用。躍動感あふれる感動的な切り絵です。)

               〜〜〜転載ここまで〜〜〜


こういうこと ↑ を知ると日本人であるならば 日の丸に親近感を持てないはずはないのでは…?と思いますが…。


いかがでしょうか…?


nadesiko2011-1.jpg
    時事ドットコムより画像をお借りしました




       【お知らせ】

いつも温かいコメントをありがとうございます。

お返事が大変遅くなって申し訳ありません。

以下の記事 ↓ にいただいたコメントにお返事を書きましたので、お時間がある時に読んでくださいまし。

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posted by えいと@ at 08:07| Comment(14) | TrackBack(0) | えいと@の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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