2011年09月27日

歴史を知らない日本人であってはならない「八田與一 物語」【追記あり】


皆さま、こんにちは、えいと@です。


本日もご訪問くださいましてありがとうございます。



皆さまは八田與一という人物をご存知でしょうか?


八田與一氏は 日本の水利技術者で、日本統治時代の台湾において農業水利事業に大きな貢献をしたとして台湾では大変有名な人物です。


       HK2011.jpg
      画像は Wikipedia よりお借りいたしました。


しかし…日本人の中でいったいどれだけの人が、八田與一 の名を知り、氏がどんな偉業を成し遂げた人物であるかを知っているのでしょうか…?



ABC(朝日放送)「ビーバップ!ハイヒール」という深夜の番組で、9月22日に「日本人が知らない!世界から愛される日本人」と題して八田與一氏が取り上げられていたそうです。


こちらのブログ ↓ で、その番組の文字お越しをされていたので転載させていただきます。
  ぼやきくっくり「日本人が知らない八田與一「ビーバップ!ハイヒール」より」

   〜〜〜転載ここから〜〜〜

日本人は知らない!台湾の教科書に載っている日本人

200億円!!
東日本大震災の被災者を案じ、台湾の人たちが送ってくれた義捐金の額だ。
9割は一般人からの寄付だった。

台湾では、地震発生直後から、テレビで緊急特番を放送。
多くの有名人や政治家、総統までもが日本の危機的状況を訴え、支援を呼びかけ続けてくれた。

なぜ台湾の人たちは、そんな大金を日本のために送ってくれたのか?
それは、日本をとても愛してくれているから…。

その裏には、台湾人なら誰もが知っている物語があった。


……1895年、日清戦争に勝利した日本は、台湾を治めることになった。

日本は、国内の食糧不足を補うため、台湾の農業強化を打ち出した。
しかし、台湾一大きな嘉南平野は、作物がほとんど取れない。

原因は水事情の悪さ。
乾季は日照りで飲み水さえないが、雨季には洪水が絶えず起きるという有様。

そこに、日本から土木技師として派遣された男がいた。
八田與一。
彼はダムを建設するため、水源や地形の調査にやって来たのだ。

台湾総督府に上申する八田。
「ダムに最適な場所は、ここ、烏山頭(うさんとう)地区です。大規模なダムが造れます」

が、台湾総督府は難色を示す。
「こんな大きなダムは不可能だ!もう少し規模を小さくしなければ」

食い下がる八田。
「それでは水量が少なく、平野全体に水が行き渡りません」

「しかし予算がない…」
「一時しのぎではダメです。農民たち全体が豊かにならなければ、造る意味がありません!」

工事費用は莫大で、台湾総督府総予算の3分の1にもなる。
金額的にも規模的にもあまりにも大きすぎて、誰も本当に実現するとは思わなかった。

しかし、小さいダムでは水が行き渡らず、住民の格差が生まれてしまう。
彼は自分の思いを曲げず、計画書を何度も練り直した。

3年後の1920年、粘り強い交渉の末、八田は、費用の半分を農民たちも担うことを条件に、ダムの建設許可を勝ち取った。

ところが、地元住民は大反対。
「なぜ我々がお金を負担しなくてはいけないんですか!」

八田はダムの必要性を必死で説いた。

「ダムができれば必ず豊かになる。皆さんの子供や孫たちの世代が、安心して暮らせるんです」

「僕たちは騙されないぞ!」

住民の無理解など、問題を抱えつつ、何年続くか分からないダム建設がスタートした。

日本人・台湾人合わせて約2000人が、険しい山奥での力仕事に従事。
しかし、衛生状態も悪く、労働環境はまさに最悪だった。

そこで八田は、環境改善のため、上司に要請。
「家族と住める宿舎を作って下さい」

「何を言ってるんだ。我々が必要なのは労働力。女、子供は必要ない」
「しかし、家族と離れ離れでいい仕事などできるわけありません!」

八田の要請が受け入れられ、工夫(こうふ)が家族と一緒に住めるよう、工事現場の近くに小さな町が作られた。
そこには、学校や病院などの公共施設や、映画館やテニスコートなどの娯楽場もあった。
集会所に集まってゲームをしたり、定期的にお祭りを開いたり、工夫たちはここでの生活を心から楽しむことができた。

台湾の工夫たちとも家族のように接する八田。

上からではなく、同じ目線で仕事をする彼の姿勢に心を打たれ、台湾の人たちも次第に心を開いていった。
地元の反対も弱まり、全てが上手く行くように思われた。

そんな時……
1923年、関東大震災が発生。
日本は、台湾のダム建設どころではなくなった。

八田は、台湾総督府からダムの建設予算の大幅カットを言い渡される。
「台湾人半分のクビを切って、何とか工事を続けてもらえんか?」

この噂は台湾人工夫たちの間にも広まった。
「俺たち、そろそろクビらしいぞ」
「そうらしいな…。日本人が優遇されるのは仕方がない…」

ところが、何と八田が解雇したのは日本人ばかりだった。

台湾人工夫たちは驚き、なぜ自分たちを優遇して残したのか、その理由を尋ねた。
すると八田はこう答えた。

「当然ですよ。将来このダムを使うのは君たちなんですから」

日本人は日本でも仕事ができる。
台湾人はこの地でずっと生きていく。
自分たちのダムは自分たちで造ってほしい。


それは八田の思いだった。

工夫たちは、八田を心から信頼するようになった。

そんなある日……

ダムの現場で爆発事故が発生。
死亡者50人以上、負傷者100人以上の大事故だった。

八田は、取るものも取り敢えず急いで遺族の家に駆けつけた。
土下座し、遺族に詫びる八田。

「申し訳ございません!あなたのご主人を殺したのは私です!」

大切な人の命を奪ってしまった。
いくら謝っても謝りきれない……。

未亡人はしかし、八田にこう話しかけた。

「八田さん、頭を上げて下さい。主人は、ダムの仕事を誇りに思っていました。八田さん、どうか立派なダムを造って下さい!」

亡くなった工夫たちは、自分と同じ思いを抱いていてくれた。
家族にも語ってくれていた。

八田は決意を述べた。

「必ず、必ずダムを完成させてみせます!」

多くの仲間を失いつつも、残された人々は懸命に工事を続けた。

そして1930年、10年の歳月を経て、ついに東洋一の大きさ(当時)を誇る烏山頭ダムが完成。

不毛の地と言われた嘉南平野は、米・サトウキビなどが豊富に獲れる、台湾一の穀倉地帯へと生まれ変わった。

台湾の人たちは、ダムを見渡す丘に 八田の銅像を建てた。
それは、考え事をする時の姿。

 HK2011-2.jpg

八田の物語は、台湾の教科書に載っていて、今でも彼の命日には、毎年ここで慰霊祭が行われている。

今回、日本に送られた200億円の義捐金。
それは、70年の時を経て、八田への思いが恩返しの形で届けられたのかもしれない……。


                       〜〜〜転載ここまで〜〜〜


日本人は歴史を知らない。


本当にその通りだと思います。


歴史の真実を教えられることなく、


その代わりに戦前の日本はアジア諸国にとんでもなくひどいことをしてきた…という歴史観だけを植え付けられているのが現状です。


日本は台湾と朝鮮半島を統治したという歴史があります。


その統治は本当にひどいものであったのか…?


我々の先人は 台湾や朝鮮の人々を「人」とは思わないような扱いをしてきたのか…?


この八田與一氏の偉業を知っても、そう言い切れるのでしょうか…?


台湾の方々が なぜこれほどまでに日本に感謝し、日本を慕っているのか…。


多くの台湾の人々が知っているのに 日本人が知らない事実があるなんて…。


悲しいとは思いませんか…?


私たちの先人の偉業なのに…。


真実を知り、それを語るということは、


けして歴史を美化することではないと思います。


真実を語っていくことが 我々日本人の将来にとって良いことであると、


そんな風に私は思います。



9月も中旬が過ぎ、旅行にとてもいい季節となってまいりました。


台湾旅行を計画されている方も多くいらっしゃるでしょう。


台湾に行かれる前に 台湾のことを少しだけでもいいので勉強して旅行に行かれてくださいね。


八田與一氏のこと、そして二二八事件のことも知ってから行っていただくといいのではないかな…と思います。

  二二八事件に関してはこちら ↓ の過去記事をご覧になってください。
   台湾の歴史を知る〜二二八事件


もちろん、台湾でおいしいものを食べる、台湾の観光地を巡る旅行もステキです。


だけど台湾という国が どんな歴史を歩んできた国なのかを知った上で旅行をされると、


ちょっと深い旅になるのではないかな…と思います。




     パッテンライ!! サンプル映像(日本語)(1分58秒)
     パッテンライ!! サンプル映像(台湾語)(1分59秒)

こちらの動画 ↑ は八田與一氏と台湾人の友好を描いた長編アニメ「バッテンライ」の一部です。


このアニメ、去年、日本で公開されたようですが、また再度公開していただきたいですね。ぜひ!



       【追記】

この記事に次のようなコメント ↓ をいただきました。

八田與一の銅像には、こんなエピソードもあります。

戦争末期、銅像がダムのほとりから姿を消しました。
金属として供出する為に撤去されたのですが、なぜか行方不明となりました。
実は地元の方によって、近くの駅の倉庫に隠されていたことが判明します。
戦後、国民党政府が日本統治時代の痕跡を抹殺することに躍起になっていた間も隠し続け、蒋経国の時代となって、ようやく表に出されました。

台湾の人たちが「国民党政府」から銅像を守っていたのです。
ありがたいことです。
歴史を知らない日本人であってはいけませんね。
(By
ただ日本が好きなだけ
さん)


日本が敗戦し、台湾から日本軍が引き上げた後に 蒋介石 率いる国民党(外省人)が台湾にやってきたわけですが、

その際、国民党政府が躍起になって日本統治時代の痕跡を抹殺したのです。

その中には、きっと 八田與一氏の像もあったのでしょう。

それを 台湾の方々が守ってくれた!

八田與一氏の像を、日本の心を守ってくださったのです。

このことを私は知りませんでした…。

今、この文章を書きながら、涙が出そうになっています。

ありがとう! 台湾!

台湾こそ、日本の真の友人です!




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posted by えいと@ at 06:02| Comment(22) | TrackBack(0) | えいと@の独り言(日本を憂う) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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