2010年01月19日

黒人差別を考える〜キング牧師生誕の日によせて〜


皆さま、こんにちは、えいと@です。


今日もご訪問くださいましてありがとうございます♪ (o^∇^o)ノ



本日は1月の第3月曜日、祝日です。


いったい何の日でしょうか?


日本にお住まいの方はピンとこないかな???


アメリカにお住まいの方はよくご存知ですよね。


そう! 「キング牧師の生誕の日」なのですー!


今回はキング牧師生誕の日にちなんで黒人の差別の歴史について記事にしたいと思います。



さて、皆さまはキング牧師がどういう人物であるかをご存知でしょうか?


「I have a Dream」の演説はあまりにも有名ですよね。


私には夢がある。
いつの日にか、ジョージアの赤土の丘の上で、かつて奴隷であった者たちの子孫と、かつて奴隷主であった者たちの子孫が、兄弟として同じテーブルに向かい腰掛ける時がくるという夢が。

私には夢がある。
いつの日にか、私の4人の幼い子供たちが肌の色によってではなく、人となりそのものによって評価される国に住む時が来るという夢が。

私の父が死んだ土地で、メイフラワーの清教徒達が誇りとした土地で、すべての山々から自由の鐘を鳴らそうではないか。
もしアメリカが偉大な国であるのなら、これは実現されなければならない。

ニューハンプシャーの豊穣な丘の上から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
ニューヨークの稜々たる山々から、自由の鐘を鐘を鳴らそうではないか。
ペンシルベニアのアルゲニー高原から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
コロラドの雪を頂いたロッキー山脈から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
カリフォルニアの曲線の美しい丘から、自由の鐘を鳴らそうではないか。

それらばかりではない。

ジョージアの石ころだらけの山、テネシーの望楼のような山、
そして、ミシシッピーの全ての丘から、自由の鐘を鳴らそうではないか!
すべての山々から、自由の鐘を鳴らそうではないか!

そして
私たちが自由の鐘を鳴らす時、
私たちがアメリカの全ての村、すべての教会、全ての州、全ての街から自由の鐘を鳴らすその時、全ての神の子、白人も黒人も、ユダヤ人も非ユダヤ人も、新教徒もカソリック教徒も、
皆互いに手を取って古くからの黒人霊歌を歌うことができる日が近づくだろう。

「自由だ、ついに自由だ、全能の神よ、感謝します。ついに我々は自由になったのだ」と。


           キング牧師の部屋--I HAVE A DREAM!-- より引用



キング牧師は黒人の中でも裕福な家に生まれています。


しかし黒人であることで、幼少の頃から何度か差別的な体験をするのです。


幼少の頃、隣に白人の家族が住んでおり同年の男の子2人と遊んでいたがキングが6歳のある日、彼らの母親が「(黒人とは)二度と遊ばせません!」と宣言します。


高校時代には討論大会で優勝したが帰り道にバスの中で白人から席を譲れと強制され、キング牧師は激しく怒りを覚えます。

               『ウィキペディア(Wikipedia)』参照


これが後のバスボイコットに結びついていくのです。


肌の色が違うというだけで受けた理不尽な差別体験が、その後の公民権運動に結びついていったのですね。



アトランタで、えいと@夫妻はアトランタ歴史センターを訪れました。


 a-rekisihakubutukan10-2.jpg


このアトランタ歴史センター ↑ はアトランタの貴重な遺産を数多く保存している博物館です。


南北戦争前に建設された建物、家具、書簡、武器、写真が数多くコレクションされています。


今回は、その中から数枚の写真の紹介をしたいと思います。(館内の撮影は許可されていました)


こちら ↓ は南北戦争が終結した後の写真です。


   a-rekisihakubutukan10-5.jpg


公共の水飲み場ですね。


しかし、よく見てください。左の木 ↑ にCOLOREDと書かれています。


   a-rekisihakubutukan10-1.jpg


こちらはレストルーム(トイレ)↑ の表示です。


南北戦争後に奴隷解放がなされ、黒人たちが街に出るようになったことで、


こんな風にあからさまに「水飲み場」や「トイレ」「レストラン」の場所を白人と黒人で分ける措置がとられたのです。


もちろん学校も白人用、黒人用と分けられていました。


その他にはバスの座席も黒人用の席が設けられ、


バスが混んで来たら黒人は白人に席を譲る必要があったのです。


これがほんの半世紀前まで当たり前のように行われていたのです。



しかし、よくよく考えてみると…。


こういう差別はこの時代においては当然であったような気がします。


時代は人種差別まっただ中です。


現在の常識では考えられないことがまかり通っていった時代です。


アフリカ系の黒人は奴隷として白人に仕える身でありました。


奴隷時代、黒人たちは文字を学ぶことを許されなかったのです。


いわゆる非識字者ですよね。


南北戦争後に奴隷解放となり社会に放り出された黒人たち…。


誰が文字も読めない人間に仕事を与えるでしょうか?


奴隷時代は文字が読めなくても仕事をし 生活をしていけたのです。


「奴隷」は確かに普通の仕事とは異なりますが生活は保障されていたわけです。


しかし奴隷制度が廃止されたことで仕事を失い、あたらに雇ってくれる職場も少なく、


貧しい黒人たちが街に溢れ出し
ました。


治安も悪くなり 犯罪も増えます。


白人にとっては脅威であったことでしょう。


白人と黒人の生活の範囲を分けることが起こってもおかしくなかったと思います。


そういうことがあって黒人差別を深刻なものにしていった…と考えられるのです。


先日黒人たちが一番苦しく 辛い思いをしたのは、奴隷時代真っ最中なのではなく、実は奴隷解放が行われた後であった…ということを記事にしましたが、


南北戦争終結後に「奴隷解放」はなされたけれど けして「黒人差別からの解放」ではなかったのです。


奴隷解放以後に起こった差別の方が残酷であったのですよね…。

  関連記事はこちら ↓ をご覧くださいね。
     ジョージア州議事堂を見学



キング牧師やマルコムX、ローザ・パークスなどの活動により 少しずつ黒人に対する差別は減って来ました。


現在は公共の施設も学校レストランも、バスも電車も黒人という理由で分けられることはなくなって来ています。


キング牧師が望んだ「かつて奴隷主であった者たちの子孫が、兄弟として同じテーブルに向かい腰掛ける時代」が来たのです。


しかしながらきれいさっぱり差別がなくなったかというと、けしてそうではないんですよね。


しかし現在の黒人に対する差別は、昔のように肌の色だけで差別されてるだけではないように思います。


現在の黒人に対する差別は「経済格差による貧困問題」によるものが多くなっているように感じます。


アトランタの治安が悪いと感じたのは貧しい黒人がたくさん街にあふれているからなんですよね…。


黒人の中には知識が豊富ですばらしい人がたくさんおられます。


しかし、そうではない人間もたくさんいるのですね…。


悲しいことに貧しさ故に犯罪を犯す人間がたくさんいるのです。


そういう人間が固まって暮らしていると…やはり差別の対象になってしまうのですね…。


キング牧師が望んだ「肌の色によってではなく、人となりそのものによって評価される時代」がやって来るには、


黒人自身の努力も必要なのではないかと感じます。


貧困から抜け出すのは とても難しいことでしょうけどね…。



心の中にある差別心は どんな人間にもあるように思います。


黒人差別だけではありません。


マイノリティに対する差別、異なる民族に対する差別もありますよね。


ただ、それをあからさまに表に出すか出さないか…は受けて来た教育、環境によるのではないかな…って思います。


差別のない世の中になれば一番いいのですけどね…。


難しいことだと思います。。。



皆さまはどうお感じになられましたか…?




それではまた〜。。。(⌒ー⌒)ノ〜〜〜



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posted by えいと@ at 08:01| Comment(20) | TrackBack(0) | えいと@の独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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