靖国神社にて昇殿参拝を行う


皆さま、こんにちは、えいと@です。


今日もご訪問くださいましてありがとうございます♪ (o^∇^o)ノ



えいと@の「田舎モンの東京見物シリーズ」でございます〜。

 「田舎モンの東京見物シリーズ」過去記事はこちら ↓ をご覧くださいね〜♪
     ニホン的生活(観光 東京編)


10月中旬〜11月中旬の1ヶ月間、日本に一時帰国していたうちの3日間 えいと@夫の用事で東京に行っておりました。



前回の予告通り、今回は靖国神社を参拝したことについて書きたいと思います。


えいと@夫妻が東京に着いてまず1番に訪れた場所、それが靖国神社です。


      j-yasukuni09-1.jpg


なぜ 靖国神社に行きたかったのか…。


それには理由があります。


実はえいと@夫の父方の叔父が大東亜戦争で戦死しているからなのです。


えいと@夫の父君は大正9年生まれで、健在なら90歳になります。(えいと@夫は父君が50歳代後半に生まれた子供です)


叔父がかの戦争で亡くなったであろうことはわかっていたらしいのですが、いったいいつ、どんな風に亡くなったのかが長い間わからなかったのです。


えいと@夫の父君は、長い間 弟(えいと@夫の叔父)の消息を調べていたのですが、病気で亡くなってしまいました。(えいと@夫が7歳の頃です)


その後、えいと@夫が父親に代わり 叔父の消息を調べていたのです。


そして! 今年、ついにわかったのです!


叔父は特攻作戦で亡くなったということが…!



皆さまは桜花作戦をご存知でしょうか。


1945年(昭和20年)の 海軍中佐(戦死後大佐) 野中五郎氏を指揮官とした特攻作戦です。

 詳しくは桜花 (航空機)(Wikipedia)をご覧になってくださいね。


野中五郎中佐は最後まで桜花作戦に絶対に反対の立場であったそうです。


絶対に成功する見込みがなかった桜花特攻作戦を、国賊といわれようとも反対し続けた野中五郎中佐。


しかし戦争の時代は軍司令部の命令は絶対です。


1945年(昭和20年)3月21日に第721航空隊の陸攻(母機)18機に「桜花」15機を搭載した第一神風特別攻撃隊神雷部隊は出撃しました。


そしてアメリカ第58機動部隊の遥か手前で迎撃戦闘機に襲撃され全機撃墜され、全滅したのです。

 こちらに桜花作戦で亡くなられた方の名簿があります。


この名簿 ↑ の中にえいと@夫の叔父の名前を見つけた時は驚きと同時に安堵したと えいと@夫は申しております。


戦後64年にして叔父の消息がわかったのです。


それまで何度も えいと@夫の夢に叔父が出て来たらしいのですね。


撃墜され後ろ向きに落ちていく…そんな夢を何度もよく見たと えいと@夫は言います。


きっと成仏できなかったのでしょう。


叔父が亡くなったのは昭和20年3月21日、享年22歳です。


未来ある22歳の若者の命が散ったのです。


どんな気持ちで死んでいったのでしょう?


誰だって死にたくはないはずです。


喜んで特攻に行った兵士は誰一人いなかったと思います。


しかし時代は戦争のまっただ中。


逃げることはできない時代です。


日本を守るために戦うしかなかったのです。


自分たちが戦わなければ 家族がみんな死んでしまうかもしれないのですから…。


家族を守るため、日本の国を守るために自らの命を犠牲にしてくださったのですよ…。


みんな顔では笑って、心で泣いて出撃していったに違いありません。


それほど緊迫した時代であったのです…!


興味がある方はこちらのYou tube(1分42秒)をご覧ください。


アメリカ兵が撮影した桜花を搭載した一式陸上攻撃機が撃墜される映像 ↑が残っています。



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そういう理由があって、えいと@夫妻は靖国神社に参拝してまいりました。


今回、二人で昇殿参拝をしました。


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昇殿参拝とは神殿の中に入り、246万6千余柱の神霊に手をあわせ、神霊と共にお神酒をいただく参拝です。


参拝をしてお神酒をいただいた時、ここに眠っておられる英霊のおかげで今の平和があるんだということをひしひしと感じました。


今の平和な日本があるのは、命をはって戦ってくださったご先祖さまがおられたからなのだ…と。


感謝の気持ちを込めて 弐礼弐拍手壱礼をしてまいりました。


何だか心が洗われるような気持ちになりました。


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こちら ↑ は参拝後にもらうお守り、お神酒、神菓です。


このお神酒とお守りをアメリカにもって来ました。


お正月にお神酒を二人でいただきたいと思います。



叔父が亡くなったのは桜花作戦が実行された3月21日。


おりしもえいと@夫の父君の命日と同じ日なのですねぇ。


戦後64年にしてやっと叔父の供養をすることができました。


叔父もこれで やっと安らかにあの世に行けるのではないかな…って。


そんな風に思います。



      樱花特攻 (You Tube 3分53秒)



次回は靖国神社に併設されている遊就館を見学したことについて 記事にしたいと思います。(こちら → 愛する人のために命を捧げることをご覧ください)




それではまた〜。。。(⌒ー⌒)ノ〜〜〜



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posted by えいと@ at 03:03| Comment(26) | TrackBack(1) | ニホン的生活(観光 東京編) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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